きゃろたんぬの小窓

歴史とグルメと和歌山と

なぜ公務員からうさぎ界へ、そしてマルチキャリアの道を歩んだのか

f:id:usagiwaka:20171225174949j:plain


みなさんこんにちは。
マルチキャリアをひた走る42歳、きゃろたまです。

 

今日はWEBライティング講座に参加しています。
その時に自己紹介をしたのですが、

 

 

振り幅デカイ!

 

と言われてしまいました。

 

いまわたしは、5つの肩書きを持っています。

・うさぎ専門店の経営者

・和歌山ブロガー

・家庭教師

・キッズラインの和歌山拠点長

・歴史研究家

 

最近、働き方改革のひとつとして「パラレルキャリア」が注目を集めています。

 

パラレルキャリアとは、ひとつの肩書きや仕事にこだわらず、2つの仕事を華麗にやりこなす働き方のことをいいますが、さすがに5つは多すぎるでしょうか…。

 

となるとパラレルキャリアというよりもマルチキャリアという方があっているかもしれない…。

 

 

歴史が好きで観光や文化財保護、広報の仕事をしたくて、そして生まれ育った和歌山にずっといたくて公務員になったけれど、ある日心身ともに病んでしまい、公務員をやめることになりました。


公務員をやめてから、その時にやりたいこと、やれることを自分なりに突き詰めていったら、いつの間にか肩書きが増え、人とは違った個性的なキャリアを歩むことに…。

 

この記事では、なぜ公務員からうさぎ専門店を経営することになったのかお話しします。

 

 

うさぎとの出会い

 

わたしとうさぎとの最初の出会いは、今から35年前の小学生2年生の時です。
ぺットとして我が家に赤目の白いうさぎ(ミミちゃん)をお迎えしました。

 

その当時、うさぎの用品はラビットフード以外なく、鳥用のケージを代用するしかありませんでした。
もちろん、今では当たり前に売っている給水器やトイレなどの生活用品、うさぎが食べる牧草(チモシー)もありません。

 

家の中で鳥用のケージに入れて飼っていたのですが、狭いのでかわいそうだなということで、父にうさぎ小屋を建ててもらいました。

 

しかし、飼いはじめて1年ほどたったある日、イタチに食べられてしまったのです!
亡骸はどこにもなく、あたりに毛が散らばっているだけ。

 

悲しい思いをしたので、この時は二度とうさぎを飼わないと心に誓ったことを今でも覚えています。

 

まさか35年たってうさぎまみれの生活になるとは…。

 

うさぎの次は戦国史!

f:id:usagiwaka:20180304002506j:plain

 

次に小学時代に熱中したのは、教室に置いてあった「マンガ日本の歴史」
武田信玄、上杉謙信、徳川家康、織田信長…
すべての戦国武将のマンガを何回も読みました。

 

そして、小学生6年生の時に、大河ドラマ「独眼竜政宗」に出会います。
(渡辺謙さん、マジかっこよかった!) 

 

 

でもここでふとした疑問がわきました。

 

ぼくが住んでいる和歌山に有名な戦国武将がいないの??

 

1冊の本との出会いで城郭青年へ成長

 

しばらく地元の歴史を調べる方法がわからないまま、2年ほど月日は流れたある日、地元の小さな本屋さんで1冊の本と出会います。

 

 

 

『戦国合戦大辞典』

そこには、織田信長や豊臣秀吉が和歌山に攻めてきたことが書かれていました。
(こんな有名人がわざわざ和歌山まで攻めてきたんか!)

 

高校2年生の時に、部員がいなくて休部状態だった社研部という社会学を学ぶクラブを乗っ取ります。それから、地元の歴史研究会である「和歌山城郭調査研究会」に入会させてもらいました。

 

お城といえば、みなさん姫路城のように天守閣がある城を思い浮かべますよね。
もちろん姫路城も好きなのですが、それよりも山の中にひっそりと佇む城跡の方がなぜか好きです。

 

f:id:usagiwaka:20180304003542j:plain

 (先日訪れた日高町と美浜町の境にある阿尾城跡の石垣)

 

なぜ文化財学科・史学科にすすまなかったのか

 

こんな歴史オタクですから、当然歴史の専門家になると思いますよね?

しかし25年前、歴史でご飯を食べていくためには、

 

 

  1. 大学卒業後、修士・博士と進んで、どこかの博物館の学芸員に採用される
  2. 社会科の教師になる
  3. 公務員になって土日にどっぷりと研究の世界に浸る

 

という3つの道がありました。

 

学芸員になることですが、弟の進学も控えていたので、これ以上学費面で親に負担をかけることができませんでしたし、学芸員の採用は欠員が出ないと採用試験がありませんでしたので、高校生のわたしの進路の選択肢からは消えました。

 

社会科の教員になることは、教育学部のセンター試験の点数足りず、浪人したくなかったため断念。

 

ということで、必然的に公務員になって、担当部署に配属されるという選択肢しか残らず、和歌山大学経済学部に入学することになります。

 

教授からつけられたあだ名は「城郭青年」

 

観光、広報、文化財に関する仕事をしたくて、公務員になることをめざすのと合わせて、休みになれば北は福島県、南は大分・熊本県まで、夜行列車や夜行バスを乗り倒し、城跡めぐりに出かけました。

 

で、教授からつけられたあだ名は城郭青年。

 

 目標が決まったら猪突猛進。就職活動もせずに、公務員試験対策でひたすら問題集を解き、その結果卒業後すぐ、1998年に和歌山県庁に入庁します。

 

公務員をやりながらお城の研究をしたかったけれど…倒れる

 

最初の4年間は出先機関で福祉関係の仕事をし、次の人事異動で希望の部署になれることを夢見ていました。

 

採用から4年。はじめての人事異動!
教育委員会に異動することになり、これでやりたい仕事ができる!と思ったのですが…。

 

配属されたのは…スポーツ健康課でした。

(いや、なんでやねん!文化財課ちゃうんかい!)

 

公務員といえば、定時の5時で帰れて、土日は休みって思いますよね?
ところが、スポーツ健康課は土日の勤務が非常に多く、月のうち休みは1・2回ほど。
いつも何かしらのスポーツ大会やらスポーツ教室が入っていました。

 

もちろん代休をもらえるのですが、次から次と押し寄せる行事の波で、ゆっくり身体を休めることはできませんでした。

 

そして丸1年たった4月2日に…過呼吸で倒れて救急車で病院へ…
診断名「パニック障害」…地獄の日々のはじまります。

 

休職と復職とふたたびうさぎ

 

f:id:usagiwaka:20180304004726j:plain

 

退職するまで7回の休職と復職を繰り返しました。
それで「ちょっと癒しがほしいなあ」とペットショップでたまたま見かけたのが、ネザーランドドワーフという小さなうさぎでした。

 

20年も経つとペットのうさぎも変わるもので、昔飼った赤目の白いうさぎはほとんど見ることはなくなって、ピーターラビットのような小さなうさぎと、耳が垂れたロップイヤーの2種類がよく販売されるようになっていたのです。

 

飼いはじめて3週間、うさぎがダンボールを食べて下痢をしてしまいました。
この時にいろいろ調べていくなかで「うさぎ専門店」といううさぎに特化したペットショップがあることを知ります。

 

 

公務員としてもう無理!うさぎ専門店やる!

 

1998年から2008年まで、公務員していましたが、いっこうに体調がよくなるどころか、悪化していく一方。公務員としてのキャリアをあきらめて退職。

 

人生はじめての挫折を経験しました。

 

今も和歌山県にはわたしのお店のほかにうさぎ専門店はありません。
「自分がやらねば!」みたいな使命感があったので、開業に向けて準備し、2010年4月に晴れて和歌山県初のうさぎ専門店「キャロットハウス」をオープンしました。

 

 

やりたいこと、できることをやっていたら、いろんなキャリアがついてきた

f:id:usagiwaka:20180304013602j:plain

 

公務員を辞めたとき、ひとつのキャリアにしがみついていたら、いつ不可抗力で倒れるかわからない…そんな思いから、自分にできることはできるだけ引き受けよう!そう思うようになりました。

 

 今やってること

  • うさぎ専門店を経営
  • 和歌山ブロガー
  • 家庭教師
  • キッズライン和歌山拠点長
  • 歴史研究家

 

わたしのキャリアは決して一貫しているわけではありません。
その時にやれること、やりたいことを追い求めたら結局こうなりました。

 

今、やりたいことが見つからない、なりたい自分がわからない人がたくさんいると思います。

 

わたし自身、数年後何をやっているか自分でもわかりません。

 

ちなみに、キッズラインの和歌山拠点長をしているのは、起業家の経沢香保子さんが主宰していたオンラインサロン「ちゅうつねカレッジ」に参加したことがご縁となりました。

 

www.carrotannu.info

 

もうひとつ、家庭教師はわたしの同級生から子どもの勉強をみてほしいとお願いがあり引き受けました。

 

せっかくいろいろ頼ってくれたり、できることが目の前にあると断りづらいんですよね。(もうでもこれ以上はちょっと無理だけどね)

 

いかがでしたでしょうか。

 

公務員を退職して、ひとつの職業にしがみつく怖さを身も持って知りました。
公務員をやめたことは、自分の人生の中ですごい挫折でしたが、今はブロガーさんやライターさん、ネットインフルエンサーの人とお会いする機会が増え、とてもいい人生を送っていると実感しています。

もしかしたら次にお会いするときはまた違った仕事をしているかもしれません。

ではまたどこかでお目にかかりましょう。