きゃろたんぬの小窓

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5年間「死にたい」と思い続けたオトコが語る、人生のボーナスステージ

みなさん、こんにちは。

和歌山から情報発信なう、きゃろたまです。
 

突然ですが、みなさん「死にたい」と思ったことはありますか?

これからするお話は5年間「死にたい」と思い続けたオトコのお話です。

 

 

<目次>


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<写真は写真素材ぱくたそから>


・ 人生のボーナスステージをゆく

今、そのオトコは生きています。
別の世界に移り、もがきながらも生きています。

そのオトコは、今あなたが見ているブログの主、わたくしきゃろたま自身です。


2003年4月2日、過呼吸を起こし、救急車で緊急搬送されました。

それ以降、約5年間、わたしは「健康」というカードをなくしてしまった状態で、
生活を送ることになります。

それまで、わたしのメンタルが病むということは、想像もできませんでした。


「死にたい、死にたい」と口癖のように言うことになりました。

おかげさまで、いまはもうすっかり良くなり、薬は飲んでいません。

いま、「人生のボーナスステージを歩いている」そういう感じです。

 

・ 周りに合わせて頑張りすぎた

一口に公務員といっても、部署はさまざまあります。

すべての部署が9時に始まって、5時に終わり、土日完全休みではありません。
 

5年目(2002年)に配属されたところは、土日のイベントが多いところに配属されました。

それに耐えうる体力も付けるため、スポーツも始めました。
 

とにかく周りの環境に馴染みたかったです。

しかし、十分休養しないまま、そして仕事の不調も合わさって、
2003年4月、過呼吸を起こしました。

 

・ ある程度回復すると、興味のあることやりたいことは全力でできるが・・・

それから約1週間ほど休みました。

身体も痺れが取れて「元のとおりの生活ができる!よかった!」と安心しましたが、
この先は以前よりも身体が疲れやすくなりました。


それと、もうひとつは、興味があることには素早く取り組めたのですが、
苦手なことや気が進まないことは過呼吸という形となって、
身体が全力で拒否するようになりました。

そして、ついに心療内科への通院が始まりました。

 

・ 病気を言い訳にしないと、明日の命すら危うかった。

体調がいい時は、そこそこ仕事ができるようになるけど、体調が悪い時は2,3日休む。

「病気だから仕方ないよね~」と自分でも周りにも割り切るようにしていました。

ある意味「超・開き直り」ですね。
 

のちにテレビなどで「新型うつ」といわれる症状とそっくりな状態に気づきましたが、

ただ、根底に流れる感情は

「なんでこんな身体になってしまったんだ、いっそのこと死にたい」
でした。


したいことはできたため、他人からは「あいつは甘えている」
そういう目で見られることが増えました。

 

・ 周りも疲弊する。

メンタルを病むというのは非常に厄介なものでして、
今日は元気ハツラツで出勤しても、その1時間後グデーっとうなだれて仕事が止まってしまうこともあります。

ささいな一言で、過呼吸を起こすこともあります。

そうなると、どんなに心が広くて、理解のある人でも「いい加減にせぇよ・・・」となります。

 

・ とうとう嫁にも愛想を尽かされる。

当時、わたしは結婚していました。もちろん身体が悪いのは知っていましたし、
彼女自身も病弱だったので、私のことについて、随分理解があったほうです。

しかし、その嫁にもとうとう愛想を尽かされ、さらに実両親と義両親との間の争いも加わり、
2008年秋に協議離婚となりました。

 

・ 運がよかっただけ。

それでもわたしがこうしていま生きているのは
「運がよかっただけ」だと思います。
 

死のうとしていた現場に必ず人が現れました。

そして、公務員を辞めても、次にこれだ!と思った仕事を
見つけることができたのも運がよかったです。

 

・ ウツの時は環境を変えないというセオリーは正しいか。

さて、いろいろと私の過去を振り返りました。

心療内科で付けられた病名はおおよそ以下のとおりでした。
 

パニック障害」「非定型うつ」「適応障害


ウツのようでウツじゃない感じでしょうか。


よく、「重要な決断は先送りにする」といううつ状態にあるときのセオリーがあります。
 

それは、病気でいろいろ判断能力が鈍っていたり、
思い切った決断をすることで、生活基盤をも壊してしまうことが
往々にしてあるからです。


わたしの場合は、このまま退職せずにいても、
病状が好転することはまずないと思ったので、思い切って辞めました。


それからすぐにはよくはならなかったですが、奇しくも体調が回復する大きな
前進となったことは確かです。

その点でもわたしは非常に運が良かったと言えます。

 

・ 「死にたい」という感情とどう向き合うか。

こういう「死にたい」という感情を持ったことがない人には全く想像もできないと思います。
 

カードゲームに例えるなら、「死にたい」と思うときは、持っているカードを出し尽くして、

「死ぬカード」しか持っていない状態か、「死ぬカード」しか持っていないように見える状態です。


たまに「気を引こうとしているだけ」とかおっしゃる方がいますが、ちょっと違います。

あとは死ぬことに実はとっても臆病だったりします。
 

「死ぬ、死にたい」の裏側には「不安・孤独」があります。

不安には病気による不安・お金がなくなることへの不安、
孤独には病気が原因で人が離れていく、居場所がないといったことがあげられます。


ということは、「死にたい」という感情を和らげるためには、不安と孤独の解消が必要です。

そのためには、「死ぬカード」以外に別のカードをたくさん手に入れることです。

 

・ カードをたくさん手に入れる2つの方法

では、「死ぬカード」以外に別のカードがあるところはどこでしょうか?

それは、「自分の好きなことや興味のあることを思いっきりする」
ことと「複数のコミュニティに属する」ことでたくさんのカードを持てるようになります。


ただ、もう息をするだけで精一杯な状況だとちょっと難しいかもしれません。

その場合は、何かをやる気になるまでひたすら横になり、「死ぬカード」を使わない状況にします。

 

・ 逆に、自分もまわりもしてはいけないたったひとつのこと

それと、「死ぬカード」しかない、またはほかのカードがないときに
絶対にしてはいけないことがひとつだけあります。
 

それは、他人と比べることです。


いろいろ鬱憤がたまって、つい言いたくなることありますよ。

「~~ちゃんは同じ病気だけど、こんなに頑張ってるのにどうしてあなたはそうなの?」

「もっと苦しんでる人がいる」


バッサリ言います。全く無意味な言葉です。


ふたたびカードゲームに例えますと、「死ぬカード」1枚しかないときに、
それで戦えというのか?

それはあまりに残酷すぎます。


他人と比べることが有効なのは、自分の手に持ってるカードが十分にある状態です。


私の場合だと
「うさぎに詳しいカード」「ブログを書いてるぞカード」
「和歌山で有名になりたいぞカード」「クラウドファンディングで資金調達カード」
「もっとエロいことを極めたいぞカード」
(ちょっと余計だ)



こういうふうにいくつもカードが手元にある状態だと、
「あ、~~さんはこういうふうにしているのか」とか
「~~みたいになりたい!」と思うことによって、
いろんなカードを引き寄せる可能性もあります。


しかし、「死ぬカード」はこれら手元にあるカードがなくなる手前にやってくるカードです。

そして勝負し終わった時に、さいごに残ってしまう非常に厄介なカードなのです。


ですので、その状態で他人と比較されてしまうと、
もう残りの「死ぬカード」をまさに切るしかなくなってしまうのです。

 

・ それでも時折きますよ?「死にたい」さん

通院も投薬もしなくなって、もう6年近く経ちました。

それでも、時折「あ~死にたい」っていう感情が湧き上がってきます。


理由ですか?そんなの知りません(笑)

強いて言うならば、まあ思考のクセみたいなものでしょうか。

そういうとき、どういうふうに思うか・・・


「あ~~~ちっさい死にたいおじさんが来た。あ~どっか行ってくれんかな。え、まだ今回は居座ってるんですか?長いですね~~、ああ、やっと行きました・・・・・・・・・」


わたしはこれでやり過ごします。

 

・ さいごに・・・死にたいという感情と上手く付き合えたら、人生のボーナスステージがはじまります。

戦後70年あまり、日本は学校から会社へとひとつのレールのうえを歩くことで、
それが幸せなことだと思われてきました。

しかし、ここ最近、これらのレールに不具合が多く生じてきました。


いじめ、セクハラ、パワハラ、健康問題、経済問題・・・

誰もが「死にたい」と思うことと隣り合わせになることが増えました。


もし、いまあなたに「死ぬカード」しかない状態なら、もうひとつ別のレールを並走してみることです。

そして、やりたいことがあるなら、~年後なんて言わずに、できるだけ早い時期にするべきです。


メンタルを病むことは、とてもつらいことです。そして、いつ治るかもわかりません。

しかし、もし浮上のきっかけがつかめたら、加速度的によくなります。

そして、人生のボーナスステージを楽しんでみませんか?

 



病み期にお世話になった本です。