きゃろたんぬの小窓

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人はなぜクソリプを送ってしまうのか

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女性ツイッタラーならあるあるだと思うのだが、

「~~ちゃん、今日も可愛いね~。今日もよろしくね」

と朝8時に流れてくる見知らぬ人あるいは1度しか会ったことがないおじさんからのリプライ。

「それが世間の常識だ!」

と正論という名の金づちを持って殴りかかってくるおじさん。

 

日々繰り返される炎上…。
ふと考えてみました。

人は自分のすることは「正しい」と思っている

そうですよね?
正しくないことはしませんよね。

便意をもよおしたらトイレでする。
街角で便意をもよおしてもトイレまで我慢しますよね?
街角でおもむろにパンツを下ろしていきなりしませんよね?

なぜなら、トイレですることが正しいと誰もが認識しているからです。

でも、あなたの人生において「正解がひとつではない」こともありまよね?
恋愛についても仕事についても、多様な価値観が生まれてきた昨今。

「自分がそう経験したから正しい」(のではないか)という推測の元、ツイートに対してリプライするのです。

 

人は間違いをするからそれを正そうとする

そして、人はときどき「間違い」をします。

この方法を試してみたけどうまくいかなかった。
テストでは満点を取れない、こうしなければならなかったのにできなかったなどなど正しい行動をしようと思ってもできなかったことがたくさんあります。

また法律で規定されているから、またその考えが世間一般で通用しているからという理由でその規範から外れようとすると、人は間違ったことをしようとしている人に対して注意します。

 

人によって許せる範囲がちがう

でも、許せる範囲というのは人によってまちまちですよね。
あなたのパートナー(恋人・夫・妻)が、外回りの仕事で上司とふたりでランチへいくことはOKですか?
では、仕事終わりに何人かで飲みに行くのはどうでしょうか?
じゃあ、休みの日に二人で会うことはどうでしょうか?

 

今度は人を変えてみますね。
あなたのパートナーが、SNSで出会った人と何人かで出かけるのはどうでしょうか?
じゃあ2人きりで出かけることはどうでしょうか?

わたしはとくに以上あげたことは気にならない人です。
でも、「こんなのけしからん!」と目くじら立てて怒る人もいますよね。

 

人はそれをクソリプと知らない

人は正しいと思ったことをする、でもできないこともある。
うっかりパソコンの向こう側にいる人の地雷を踏んじゃうこともある。

でも不快だ地雷だとわかっていたらそういうことしませんよね?

「人はそれをクソリプだと知らない」

自覚がないのだから、自分はクソリプだとは思わない。
でも受け取った相手は自分が正しいと思ってしているまたはそうせざるを得なかったから「余計なお世話だ(クソリプよこしやがって)」と思うわけです。

ちょっと話を戻すと、Facebookで現れる
「~~ちゃん、今日も可愛いね。今日もよろしくね」
というあいさつおじさんは、それが正しいコミュニケーションだと思っているからです。

クソリプとそうでないかの境い目

では、クソリプとそうでないかの境い目は、
「受け取った相手からのアクションが何もない」状態がクソリプなんじゃないかなと。

そして、1クソリプ、2クソリプと積み重なってブロックされちゃうこともあれば、
一発退場の場合もあります。

わたしもリプライするとき、クソリプになっていないかなと神経をすり減らすわけですが、そう考えると、何も言えなくなってしまうんです。

そしてだんだんとその人の視界からフェードアウトしちゃうんですよね。

なんていうことを、和式トイレに腰を下ろしながら、考えていた和歌山ブロガーのきゃろたま(アラフォー男子)でした。

※アイキャッチ画像は、フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com) モデル:Max_Ezaki