きゃろたんぬの小窓

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拝啓 宮森はやと 様 アル中を正しく理解するために

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ブログ拝見しました。
もしかして宮森さんはアル中(アルコール依存症)になってしまったんじゃないかなって何となくですがそう思っていました。

「アル中について何も知らないお前から何も言われたくない」と言うと思いますので、わたしとアル中とのかかわりについて、まずはお話しますね。

 

 

わたしは大学卒業してすぐに公務員になり、2年目から生活保護ケースワーカーとして3年間福祉の現場で働きました。

先日、小田原市ケースワーカーたちが威圧的なジャンパーを着て家庭訪問していたことが問題になりました。生活保護ケースワーカーの本来の仕事は不正受給の取締りではなく、いかにケース(生活保護受給者)が生活保護を受けなくても済むように生活を立て直す手助けをすることが本来の仕事です。わたしが受け持ったケースの中にもアル中で働くことができなくなってしまった人が数人いました。そしてどのケースもケアが難しい「難ケース」と言われる人たちでした。



アル中の治療の第一歩は「自分がアル中である」と認めることからはじまります

みなさんは「アル中(アルコール依存症)」というのは特別な病気であるという認識でしょうか?実はですね、アル中になることは何も特別な人がなるわけではなく、「誰にでもなりうる」ということをわたしは申しあげたいです。

アルコールの分解スピードが早い遅い、酔いが覚めやすい覚めにくい、意志が強い弱い関係ありません。その人のお酒の適量が過ぎると内臓が壊れるか、脳が壊れるかのどちらかです。そして、どのような環境下で飲むかというのもアル中に大きく影響すると思っています。

宮森さんの場合は「お酒が大好きだからついたくさん飲んでしまう状態」から限度が超えてしまったのでしょう。でもアル中の人はお酒が原因で生活に支障をきたしているにもかかわらず、その現実から目をそらします。

そして飲酒について注意しても

「俺はアル中じゃない」
「アル中のやつと一緒にするな」
「俺は酒が好きだから好きなようにさせてくれ」


と言うようになります。こちらから何を言ってもムダなのです。だからわたしは宮森さんがカミングアウトしたこのタイミングでブログを投稿することにしました。なお、宮森さんへはこの文章全文見てもらって公開について了承を得ています。

禁酒を続けて「ああ、いい状態が続いているなあ~働けそうかな」と思っていても、たった1杯、1口で治療がふりだしにもどります。

警察から「○○さん担当の方、保護しているので現場まできてください(署まできてください)。」なんていうのもザラでした。

そしてその足で何十キロも離れたアル中専門病院へ、精神医療のケースワーカーと一緒に搬送することもよくありました。



アル中治療の難しさ、そしてわたしはお酒が1口も飲めません

アル中治療の難しさは、「誰でもお酒を飲んでいる」「どこでもお金さえ出せばお酒が手に入る」ことにあります。

お酒は飲めるに越したことはない、むしろ酒豪であることが賞賛されますよね。そして飲んでいたら気持ちよくなるし、酔った勢いで女性を口説いちゃったり、お酒の勢いで失敗しても武勇伝になっちゃうし。

ちなみにわたしはお酒がひと口も飲めません。ひと口飲むと全身にじんましんのようなものが出て、頭痛がして吐いてしまいます。そしてお酒が飲めないがためにずいぶんとツライ思いもしました。

よく「練習すれば飲めるようになる」とか「男ならお酒ぐらい飲めるべきだ」なんて言われ、人事異動や新しいコミュニティに属すたびにお酒をすすめられます。頑張って飲んでみたけどダメでした。お酒が飲めないという理由で合コンのメンバーに指名されませんでした。日本各地においしい地酒がありますが、飲めません。和服美人にお酌をされながら酒池肉林に溺れてみたい・・・。だから正直にいうと大人数のオフ会は苦手です。

これからお酒が飲めないことのデメリットに苦しめられると思います。そしてアル中の治療にはゴールがありません。日々断酒の連続です。「3日間の断酒に成功した」それだけでも大きな前進です。たかが断酒、されど断酒なのです。自分を褒めてください。



宮森さんがアル中を克服できると思うたったひとつの理由

本来のブログ記事ならこの項目をトップに持ってくるべきかなと思います。 しかし宮森さんをふくめ、ブロガーさんやどこかからたどり着いた読者にゆっくりとこの記事を読んでいただき、今一度「アル中(アルコール依存症)」について考えてほしいと思いました。アル中は決して他人事ではありません。「あなたが一生分に飲むべきお酒の量を気づかずに超えてしまった」のがアル中だと思っています。

3年間アル中ケースとのかかわりのなかで、彼らにはないものを宮森さんが持っています。

それは「ブログ」です。

 

アル中の治療の一環として「内省(ないせい)」というものがあります。

内省(または内観(ないかん))とは、

自己の内面を見つめ、そこにあるものを探求すること大辞林 第三版より>

をさします。

治療をすすめるにつれて、断酒会への参加をうながされることがあると思います。ここでしていることは、いかに自分が飲酒で失敗したかをカミングアウトし、反省することで治療に結びつけていきます。

ここでの話はネガティブ要素満載です。参加しているうちに「こんな人間とは一緒にするな」「ネガティブな話をしても何の得にもならない」という気持ちが沸き起こってきます。しかし、この内省を否定して症状がよくなった人をわたしは見たことがありません。

内省は、治療には必要なことです。そしてブログは内省には最適のものだと思っています。治療は大変です。アル中を克服した人は、何度も断酒に失敗しながら改善し、何らほかの人と変わらない生活を手にしています。そして、大変つらいかもしれませんが貴重な体験をぜひブログとして残してください。きっと宮森さんのブログがアル中で苦しむ方への励みとなるはずです。



さいごに、わたしから周りの人へのお願い

これから宮森さんは、離脱症状と戦いながら断酒と向き合っていくことになります。離脱症状がなくなってもアル中が治ったわけではありません。「もうアル中治ったよね?」と言ってお酒を彼に差し出すことは絶対にやめてください。お酒との葛藤は思っている以上に大変です。それはアル中でない人が考えているよりもはるかに大変なことです。そして彼にお酒を差し出すことはあなたも共犯者になるということです。わたしは彼に頑張れとは言いません。それがプレッシャーになるし、自己肯定感が非常に低くなってしまいます。

アル中(アルコール依存症)は、たんなるお酒だけの問題ではありません。酒癖が悪いという問題でもありません。お酒によって付随する問題行動や性格の歪みが何よりもの問題です。そしてアル中は特別な人、意志の弱い人がなるものではなくこのブログを読んでくれたあなたもなる可能性があります。

ぜひ一度お酒について見直してみてください。

そして、以下の項目に当てはまる人は、治療に踏み切ってください。

 

  • お酒が切れると落ち着きがなくなる。
  • お酒を飲んでいないと手が震える。

 

  1. 自分の意志でお酒の量を決められない。

宮森はやと様、よくぞ治療に踏み切られました。陰ながら治療を見守っております。

敬具

 

宮森はやとさんのブログ:今日はどんな本音を語ろう